貞操権の侵害とは?慰謝料の相場と請求法を判例・裁判例を踏まえて解説
- 慰謝料
最終更新日: 2019.07.24
「独身だと思って交際していた男性が実は既婚者で、その人の奥さんから不貞を理由に慰謝料を請求された。」という場合、貞操権の侵害を理由として交際相手に慰謝料を請求できることがあります。
稀なケースであり、必ずしも慰謝料が認められるわけではありません。
しかし、独身だと騙されて交際して肉体関係をもった上に、その配偶者から「浮気相手」のレッテルを貼られて慰謝料まで請求されたようない場合に、騙した相手に一矢報いる方法として知っておきたい知識です。
この記事では、貞操権と貞操権の侵害の意味、貞操権の侵害を理由に慰謝料請求する方法と慰謝料の相場について解説します。
目次
貞操権とは
貞操権とは、「性的関係をもつ相手の選択に不当な干渉を受けない権利」や、「自分の意思に反して性的侵害を受けない権利」です。
簡単に言えば、「誰と肉体関係をもつかもたないかについて、自分で決めることができる権利」です。
貞操権は、婚姻の有無や年齢に関わらず誰でも保障される権利で、侵害された場合は、民法第710条に基づく慰謝料を請求することができます。
他人の身体、自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず、前条の規定により損害賠償の責任を負う者は、財産以外の損害に対しても、その賠償をしなければならない。
(民法第710条)
貞操権と貞操義務の違い
貞操義務とは、夫婦が互いに夫または妻以外の異性と性的関係を持たない(貞操を守る)という義務です。
民法上に明文規定はありませんが、法定離婚事由として不貞行為が規定されていること(民法第770条第1項第1号)や、重婚禁止規定があること(民法第732条)から、法律上の義務と考えられています。
貞操権と貞操義務の違いは、貞操権が個人の権利であるのに対し、貞操義務は夫婦間で生じる義務であるところです。
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貞操権の侵害とは
貞操権の侵害とは、他人の性的自由に不当に干渉したり、意思に反して性的侵害をしたりすることです。
具体的には、以下のようなケースが貞操権の侵害に当てはまります。
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いずれも、真剣な交際だと思っている相手を騙し、相手の性的関係に関する判断の自由を侵害しており、不法行為が成立する可能性があります。
貞操権侵害で慰謝料請求できる場合
交際相手の嘘に騙されて交際していたとしても、それだけでは慰謝料請求の原因とはなりません。
貞操権侵害で慰謝料を請求して認められるには、「性的関係があること」と「相手の悪質性が著しく高いこと」を立証する必要があります。
性的関係があること
貞操権の侵害と認められるには、交際相手と性的関係(肉体関係)をもった事実が必要です。
相手の嘘を信じて交際していても性的関係がなかった場合は、原則として、貞操権の侵害とは認められません。
これは、法定離婚事由の不貞行為と同じです。
不貞行為の場合も、性的関係を明らかにする証拠がない限り、他に交際を裏付ける事情があったとしても、原則として、離婚は認められません。
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相手の悪質性が著しく高いこと
性的関係があったことに加え、以下のような事情があり、相手の悪質性が著しく高いといえる必要です。
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簡単に言えば、交際相手に騙されても仕方ないような事情が求められるのです。
貞操権侵害で慰謝料請求ができない場合
貞操権の侵害が認められるのは、相手の嘘を信じ込んで交際した上に性的関係をもち、かつ相手の悪質性が著しく高い場合です。
したがって、以下のようなケースは貞操権の侵害には当たりません。
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貞操権侵害の判例・裁判例
貞操権侵害をめぐる判例・裁判例としては、最高裁判所判決昭和44年9月26日が知られています。
女性が、情交関係を結んだ当時、男性に妻のあることを知っていたとしても、その一事によって、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰謝料請求は、民法708条の法の精神に反して当然に許されないものと画一的に解すべきではない。
女性が、その情交関係を結んだ動機が主として男性の詐言を信じたことに原因している場合において、男性側の情交関係を結んだ動機その詐言の内容程度およびその内容についての女性の認識等諸般の事情を斟酌し、情交関係を誘起した責任が主として男性にあり、女性の側におけるその動機に内在する不法の程度に比し、男性の側における違法性が著しく大きいものと評価できるときには、女性の男性に対する貞操等の侵害を理由とする慰謝料請求は許容されべきである。
引用:最高裁判所判決昭和44年9月26日
男性が、婚姻する意思がないにも関わらず、男性経験がなく若くて十分な判断能力を有しない女性に「妻と離婚して女性と結婚する。」などと嘘をついて性的関係をもち、女性の妊娠が発覚するまで約1年も性的関係をもち続けたケースです。
最高裁判所の判決では、男性は女性に対し、女性の貞操を侵害したことに対する損害賠償責任を負うとして、貞操権を理由とする損害賠償を認めています。
貞操権侵害に基づく慰謝料の相場
貞操権の侵害による慰謝料の相場は、50万円から100万円程度です。
ただし、慰謝料が認められるには、被害者側が貞操権を侵害されたことを立証する必要があります。
また、慰謝料が認められるとしても、以下の事情の有無や程度によって金額が大きく変わります。
事情 | 慰謝料の金額 |
既婚者であることを隠す(独身だと思わせる)ための嘘の内容 | 貞操権を侵害された人が嘘に気づく余地が低いほど高くなる |
婚姻すると思わせるための行為の内容 | 婚約、プロポーズ、結納、周囲への婚約の周知、婚約指輪を渡すなど、被害者が婚姻できると信じ込む要素が多いほど高くなる |
交際や性的関係に至る経緯 | 貞操権を侵害した人が積極的に交際などを求めているほど高くなる |
交際や性的関係の継続期間 | 長いほど高くなる |
女性の妊娠・出産 | 妊娠や出産をしていると高くなる |
いずれの事情も主張するだけでは足りず、主張を裏づける客観的証拠を提出しないと慰謝料請求は認められないか、金額が低くなります。
個別事情による変動幅が非常に大きいというのが実務上の感覚であり、相場についてはあくまで目安と考えてください。
貞操権侵害を理由とする慰謝料請求が認められた判例
貞操権侵害を主張した慰謝料請求が認められた判例を示しておきます。
東京地方裁判所 平成26年8月7日 | 【概要】
【結果】 慰謝料60万円+堕胎費用など10万円+弁護士費用7万円の支払いが認められた 【事情】
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東京地方裁判所 平成26年10月29日 | 【概要】
【結果】 慰謝料300万円の支払いが認められた 【事情】
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貞操権侵害を理由に慰謝料請求する方法
貞操権侵害を理由として慰謝料を請求する方法は、「男女間の協議」、「内容証明郵便を送付する」、「慰謝料請求調停を申し立てる」、「損害賠償請求訴訟を提起する」という4つがあります。
男女間の協議
貞操権の侵害は男女間のプライベートな問題であり、まずは男女間で話し合って解決を目指すことになります。
ただし、相手が感情的になったり話をはぐらかされたりすることが多いので、男女と利害関係がない第三者に同席してもらうことが大切です。
慰謝料の金額や支払い方法について男女間で合意ができた場合、示談書を作成することを忘れないでください。
内容証明郵便を送付する
内容証明郵便とは、「誰から誰宛に」、「いつ」、「どのような内容」の文書が差し出されたかについて、郵便局が証明する制度です。
郵便局のサービスの一つに過ぎず法的拘束力はありません。
しかし、内容証明郵便を受け取った相手に心理的圧力をかけ、慰謝料の話し合いや支払いを真剣に検討させる効果が期待できます。
また、送付時期や文書の内容が証明できるので「請求を受けた覚えがない」という主張を防ぐことができますし、慰謝料の時効を中断させる効果もあります。
相手が内容証明郵便に反応した場合は、男女間で慰謝料の金額や支払い方法を話し合うことになります。
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慰謝料請求調停を申し立てる
当事者同士で貞操権侵害の問題が解決できない場合、家庭裁判所の慰謝料請求調停を利用することができます。
慰謝料請求調停では、調停委員が申立ての事情や請求を聴取した上で、当事者間の主張の調整や解決案の提示を行います。
「感情的な対立が激しく当事者だけでは話し合いができない」、「慰謝料の相場が分からず相手の言いなりになりそう」などの事情がある場合、早い段階から調停を申し立てるのも一つの方法です。
ただし、慰謝料請求調停は、当事者の合意がなければ成立させることができないので、相手が貞操権侵害を認めていない場合は、そもそも調停を欠席し、出てきても物別れに終わる可能性が高いです。
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損害賠償請求訴訟を提起する
話合いでの解決が困難な場合、最終手段として損害賠償請求訴訟を求めることになります。
損害賠償請求訴訟で裁判所が貞操権侵害を認めるのは、「原告(貞操権を侵害された人)における動機に内在する不法の程度に比し、被告(侵害した人)における違法性が著しく大きいものと評価できるとき」です。
原告は、貞操権が侵害されたことを客観的証拠を示して立証しなければなりません。
訴訟の流れについては、慰謝料請求訴訟に関する記事が参考になると思いますので、関連記事として挙げておきます。
関心がある人は読んでみてください。
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